うっとりべとは?

鵜浦から羽咋の気多大社まで鵜捕部3人が鵜を運び、来年の吉凶を占います。(鵜祭り)

◆お知らせ◆
平成21年12月16日 鵜は元気よく台に飛び乗り、「来年はよい年になるでしょう」とのお告げが出されました。
平成22年12月12日 鵜捕部が出発しました。
平成22年12月11日 鵜を捕獲しました。

平成21年12月16日 午前三時半頃、鵜様は本殿に向かって右側(東)に飛び、二分余りじっとした後、勢いよく台に飛び乗る。
占いの土居岸康雄さん(80)は「東に行くのは珍しい」と吉兆とし、後半の動きから、来年後半から運気が良くなると解説されました。
平成21年12月10日 午後、鵜を捕獲しました。
今年の鵜様
籠の中の鵜様の写真を掲載しました。(クリックすると拡大画像になります)



過去の鵜祭りの状況は、コチラ
12月12日頃、七尾市鵜浦町鹿渡島で鵜捕主任が鵜を生け捕ります。
この時から鵜は鵜様と呼ばれ、鹿渡島に在住する鵜捕部のうち年番にあたる三人が、交替で鵜籠を背負い
「うっとりべー、うっとりべー」
と言いながら、約40キロの道のりを2泊3日かけて気多大社へ歩いて向かいます。

12月13日に良川町の鵜家宅に宿泊し、14日夕方に気多大社に到着します。鵜は修祓をうけて神饌所に安置され、中一日おいた16日午前三時すぎより神事がはじまります。




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  神事


ローソク二本の明りで祭りが開始され、殿上の執事役が「うとりべ、うとりべ」と呼ぶと、白丁姿をした鵜捕部三人が鵜籠を抱え、御本殿下にかしこまり「おお」「羽そそげたるか、足痛みたるか、よく見よとのたもう」「鵜は新鵜にて安くけげしく候」この後、問答があり、鵜は籠から神前に放たれます。鵜はローソクのあかりの方向に進みます。そして案上(木製の台)の、のぼりかたにより土地の古老が豊凶を占います。


  宿泊所について


12月12日  七尾の神社に宿泊していた時代がありましたが、いつの頃かある時鵜捕部の方が酒に酔い神様の所に小便をしてしまい喧嘩になってから旅館に宿泊するようになったと聞いております。
12月13日  良川町の鵜家宅。昔、羽咋へ向かう途中、東往来の道に来た頃、日が暮れ向かい岸に灯りがついている家があり泊めていただいた。これが鵜家の家だった。明治になり苗字対当の時、「鵜」が泊る家ということで「鵜家」になったと伝わっています。

鵜捕部(うとりべ)は、鵜浦町の20世帯から3名が順番に毎年巡業する。

うとりべが行く



鵜祭は国の重要無形民俗文化財に指定されております。(気多の鵜祭の習俗 2000.12.27指定)

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